心配は呪詛である
≪心配することを、優しさだと思っていませんか?≫
この本では、“呪訴”という言葉を使っているが、
“呪詛”の間違いでは???
呪詛(じゅそ)=うらみに思う相手に災いが起こるよう
神仏に祈願すること。まじない。のろい。
相手の心配しているところを思い描き続ける。
これが呪訴の基本です。
例えば、心配性の母親がいるとします。
子供がバイクや車に乗りはじめて、いつも
事故をおこすのではないか?と気が気ではありません。
子供が夜遅く帰って来るなり
「こんな遅くまでどこに行ってたの!お母さんは
心配して夜も眠れなかったのよ!」と叱ります。
このときお母さんは、寝る前のウトウトした半覚醒
のとき(瞑想と同じ)子供が事故を起こしている
イメージを鮮明に描き続けます。
人間は良くないイメージほど描きやすいものです。
母と子は特にテレパシーが通じやすいので、
子供の潜在意識に事故を起こしているイメージが
どんどんプログラムされていきます。
それが現実化すればたいへんです。
心配は呪訴の一つのパターンです。
自分はいつも人のことを心配して気づかってあげている、
それを優しいことだと思っていませんか?
本当の優しさとは
「子供は楽しく遊んで帰ってくる」と思い描くことです。
思いは実現化していくのです。




≪心配することを、優しさだと思っていませんか?≫
この本では、“呪訴”という言葉を使っているが、
“呪詛”の間違いでは???
呪詛(じゅそ)=うらみに思う相手に災いが起こるよう
神仏に祈願すること。まじない。のろい。
相手の心配しているところを思い描き続ける。
これが呪訴の基本です。
例えば、心配性の母親がいるとします。
子供がバイクや車に乗りはじめて、いつも
事故をおこすのではないか?と気が気ではありません。
子供が夜遅く帰って来るなり
「こんな遅くまでどこに行ってたの!お母さんは
心配して夜も眠れなかったのよ!」と叱ります。
このときお母さんは、寝る前のウトウトした半覚醒
のとき(瞑想と同じ)子供が事故を起こしている
イメージを鮮明に描き続けます。
人間は良くないイメージほど描きやすいものです。
母と子は特にテレパシーが通じやすいので、
子供の潜在意識に事故を起こしているイメージが
どんどんプログラムされていきます。
それが現実化すればたいへんです。
心配は呪訴の一つのパターンです。
自分はいつも人のことを心配して気づかってあげている、
それを優しいことだと思っていませんか?
本当の優しさとは
「子供は楽しく遊んで帰ってくる」と思い描くことです。
思いは実現化していくのです。

